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by chick_pea
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そら豆がいっぱい

Broad Bean Hummus


どうも雨の多い今年の夏。他の欧州の国々もそういうところが多いようなので、しょうがないかとあきらめつつも、いや、あともう一回ぐらい夏らしい夏をたのむ!と思っている今日この頃です。
そんな不満が少々ありつつも、いろんな野菜や果物を味わえるいい季節であることには変りない。旬の美味しいものの中で、一生分をこの夏で食べつくしてしまったのではというほど消費しているのが、そら豆です。
実のところ、特別そら豆好きというわけでなく。日本に住んでいたときのそら豆の記憶といえば、天ぷら屋さんで食べた美味しい変わり揚げの具がそれだったよなぁということぐらい。

不思議なことにフィンランドではなぜかそら豆を見かけない。そうなると、食べたい気持がどんどん募って・・・人間とはないとわかると無性に食べたくなる勝手なイキモノなんである。
そら豆にあまり馴染みがない東北出身の母(だから私も実家で食べる機会がなかったわけだ)によると、九州出身のお友達は旬になれば懐かしがってよく買っていたと言っていたので、気候的な理由もあるのかもしれません。といっても、北国ポーランドでは生産されてますが。

ポーランドでは、鞘から出した状態で売られています。半キロ入りや、必要量のみ購入というのもありますが、ぎっしり袋に1キロ分というのが主流だと思います。お値段は時期にもよりますが、1キロ6~7ズウォチぐらいか(200円しない〜)。
鞘から出すという作業が旬を感じる一つの楽しみといえるのでしょうが、思いの外、お豆さんの量、少なっという悲しい結果に陥ることが多々あるであろうそら豆。その点では、鞘なしドンと1キロ分はなかなかありがたいものである。
ただ鞘から出してしまうと、薄皮が黒ずみやすいようで。そのため買ったらすぐに大量消費必至(笑)。

我が家は茹でたものに塩とオリーブオイルをかけて、あっさり食べることが多いです。でもそんな食べ方ばかりもなんなんで、そら豆のフムス(英語のレシピ)を作ってみました。フムスといえどタヒ二が入っていないので、もうそら豆そのまんまって感じ。作った翌日の方が味が馴染んだのかより美味しかったです。

そら豆ばっかり食べていると、懐かしいのが、この季節のフィンランドでどこにでもあった鞘つきえんどう豆。こちらではなぜか見かけない。市場で鞘なし1キロ分の袋は一度見たことがあったけれど・・・
あー、ないと思うと、あのえんどう豆が無性に食べたくなるわ〜。人間とは(いや、私とは、か)かくも勝手なイキモノなんである。

夏に食べている物の写真、他にも撮ったので、ちょこちょこUPしていく予定です。
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by chick_pea | 2011-07-30 05:58
ボヨとの時間

Kaki

しばらくご無沙汰していました。書かなければと思っていたことが、なかなかできずにいて・・・
実は、6月22日、ボヨが永眠しました。同月初旬に受けた動物病院での血液・レントゲン検査の結果は、心臓疾患(おそらく肥大型心筋症)と腎臓疾患。心臓に関してはもっと気をつけておくべきだったと、夫も私も後悔しています。一昨年の秋、心臓に雑音があるということでエコー検査を受け、甲状腺機能亢進症によりほんの少し肥大した心臓に心臓弁が触れて出る音だとわかりました。その時点ではその持病ゆえのことであり大事に至っているわけではないので様子見。昨年の秋のチェックでは、雑音の話が獣医さんから出なかったのでそのままにしてしまっていたのです。

今回、レントゲンを受ける前のエコーで肺のまわりに水がたまっていることがわかり、抜いてもらったあとはそれまでなかった食欲が少々もどりました。投薬開始後すぐの血液検査では悪いなりにも幾分希望のもてる数値がでたのですが、その後ほどなくしてボヨは何も食べられなくなってしまい・・・それから一週間ほどは点滴だけで生きていたボヨでした。

全く食べられなくなった時点で、獣医さんから安楽死の話がありました。もし次に肺のまわりではなく中に水がたまってしまったら、猫にとってそれは本当につらいものなのだと聞き、私の心は揺れました。状況(激しい呼吸困難や激痛など)によっては、安楽死を受け入れる必要もあるのではという考えがあったためです。
でも、ヨタヨタになりながらも自分でトイレに行こうとするボヨの姿を見ていると、『この猫はまだ生きたいんだ』という気がして、その決断をくだすことはどうしてもできなかった。最期、ボヨは眠るようにしてというわけにはいかなかったけれど、数分ほど苦しんだ末、私の腕の中で息を引き取りました。

具合が悪くなってから、ボヨはリビングルームの隣の部屋かバスルームにばかり引っ込んでいました。ところが、亡くなる数日前からリビングルームにあるソファの下でじっとしていることが長くなり、亡くなる日にはソファの下から出て我々がよく見えるところに横になっている状態でした。
本来、ボヨは娘がいたら別室に退散してしまうのですが、その日は幼稚園から帰ってきた娘を見ても逃げようとしない。夫が仕事から帰ってきて、皆で夕飯を食べているときもすぐ近くで横たわりつつ、時々体をひきずるようにほんの少しだけ移動したり。ダイニングテーブルのすぐわきにあるアームチェアの下に潜り込んだボヨを見ると、頭だけ外に出していて。その時の彼の顔を見たとき、病気になる前のボヨがいるみたいだな、とふと思いました。
そして、娘を寝かしつけようと寝室に向かう直前、ボヨはトイレに行こうとほとんど上がらない体を持ち上げ・・・その後すぐに様態が急変し、あっという間にボヨは逝ってしまいました。
あの日、ボヨは皆でずっと一緒にいたかったのかもしれません。ボヨは我々が思っていた以上に、我々のことを愛してくれていたのかな。そう考えるとちょっと救われた気持ちになります。本当に味わい深い猫でした。

ボヨは今、夫の友人宅の庭に眠っています。森の中に住むその友人の家には、馬や犬、そして猫がいて。彼はボヨのお墓のためにいい形の大きな石を見つけ、墓石代わりに置いてくれました。とてもありがたかったです。静かなところが好きな、そして実は寂しがり屋のボヨにはぴったりの場所だなぁと夫も私も思っています。


Ume + Kaki

二匹のツーショット写真、これが最後のものとなってしまいました。
ウメ嬢は、ボヨがいなくなってしまってから、それまでと違った鳴き方をします。眠りから覚めると、大声で鋭く鳴き出す。まるで一匹にされて怒っているかのように。そうかと思うと、抱く私の顔をじっと見つめ、困惑したように小さく鳴く。まるでボヨはどこ?と言っているかのように。
我が家へやってきた二匹の猫は、15年間ずっと一緒でした。猫年齢からすれば、彼らは80年近くも同じ屋根の下で暮らしていたことになります。ウメ嬢が寂しがって当然なんですよね。彼女のケアをしっかりしてあげなくちゃと思っています。

なかなか書き始められないことだったのに、いざそうしてみたら長い記事となってしまいました。でもこうすることが心の整理につながっているのかなとも感じます。
今までボヨのことを気にかけてくださった皆様、どうもありがとうございました。
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by chick_pea | 2011-07-24 08:23